市民社会をつくるボランタリーフォーラムTOKYO 2020

片耳難聴のコミュニティ きこいろ


人生・人・聞こえの「いろいろ」を大切にしたい

日本で初めての片耳難聴を持つ人の当事者団体「きこいろ」代表の岡野さん、広報の河中さんにお話をうかがいました。


片耳が聞こえなくなって~岡野さんの場合

突発性難聴で左耳が聞こえなくなったとき、私は13歳でした。多感な時期に聞こえなくなって「つらかったでしょう」と言われることもありますが、私自身は悩んだり、つらかったりした経験はあまりないのです。

ただ、よく覚えているのは診断のときの医師の態度です。すでに中学生だったにも関わらず、医師はいつも、私ではなく母に向かって話しました。「娘さん、耳が片方聞こえないですね。もう治りませんよ。でも片方は聞こえているから、大丈夫ですよ」と言っているのを聞き、腹が立ったのを覚えています。母は「患者は娘ですから、娘に話してください」と、いつも味方でいてくれました。今思えば、そのときの怒りが今につながっているのかもしれません。

また、学校では担任の先生に「岡野さん、大変ね!明日からあなたの席はここよ」と、教室の一番前を私の席にされました。子どもの頃って席替えがあったりして「あの席に座りたい」とかあるじゃないですか。それに友達には「聞こえなくなったから、病院行ってくるわ」、「いってらっしゃい」みたいな感じで、よく理解してくれていたので、先生から特別扱いされたと感じました。みんなと一緒でいたかったのに、先生の言葉で片耳難聴になったことを突きつけられた感じがしました。

その後、医学部の進学を考えましたが叶わず、大学のゼミの先生が言語聴覚士の資格を持っていたことがきっかけとなって、言語聴覚士を目指すようになりました。やはり、難聴の患者さんの力になりたいという思いでした。そして、言語聴覚士として耳鼻科・療育施設・ろう学校などで実際に難聴(主に両耳難聴)の方に応対する仕事をしてきました。

大学の卒業研究では、片耳難聴について調べました。当時流行っていたmixiを使って当事者の方たちにアンケートをお願いしたら、あっという間に135人もの方から回答をいただきました。その時「当事者のことをよくわかっている質問内容だ。さすが当事者」と言われたのが、印象に残っています。そういったやり取りを通して、自分だけじゃない、わかってくれる人がいるとすごく楽になるんだな、と実感しました。

また、論文などを調べていく中で初めて、片耳が聞こえないと困る「3つの場面」を知りました。①雑音の中では聞こえにくい、②聞こえにくい側から話しかけられたらわからない、③どこから音がするのかわからない、の3つです。当事者である私は、この時に初めて知りました。当事者自身が、片耳が難聴であるがゆえに困りごとが起きる場面を知っていれば、自分自身のことをもっと理解できると思いました。そして、たくさんの人に情報を届けたいという思いを、強く持つようになりました。

私自身、片耳難聴の当事者であり、難聴支援の専門職であり、そして片耳難聴を専門とする研究者でもあります。振り返ると、私の進路や仕事の選択のベースには片耳の難聴があったように思います。


片耳難聴の「困る」場面

片耳難聴とは、片方の耳の聴力は正常で、もう片方の耳が難聴という状態です。難聴の程度は問わず、軽度から重度、全く聞こえない方まで幅広くいらっしゃいます。先天性の方も、後天性の方もいますし、難聴の原因も様々です。

当事者の中でも、片耳難聴の捉え方・受け止め方は人によります。「片方が聞こえているから問題ない」という方もいれば、「片耳が聞こえなくて大変だ」という方もいる。同じ「片耳難聴」という状態でも、認識、悩み、困っていることが人によって全然違うんです。

人には、両耳聞こえているが故に得られているメリット(両耳聴効果)がありますが、片耳難聴だとそれが得られず、理論上はさきほどの3つの場面で聞こえなかったり、聞こえにくくて「困る」状況が起きてきます。静かなところで会話するのは全く問題ないのに、急に(実際には前述の3つの場面に遭遇しているのですが)聞こえなくなるということが、周囲からするとわかりにくいのだろうなと思います。

例えば、普通に会話していて、にぎやかな店とか、ちょっと雑音のある場所に行くと「えっ?」「えっ?」と何度も聞き返してくる。離れたところから声をかけたらキョロキョロ周囲を見回している。本人は、雑音の中で話を聞くのにすごく疲れていたり、どこから呼ばれているのかわからなかったりするのですが、周りからは「聞いていない」ように見えてしまう。また本人にとっても、静かなところでの正常な聞こえ方と、聞こえにくい環境との落差を日々実感するところも片耳難聴ならではだと思います。


当事者団体を立ち上げる

「情報を届けたい」と思っていた時、当事者である麻野さん(現きこいろ事務局)から連絡がありました。麻野さんはインターネットを活用して情報を発信していきたいが、正確でまとまった情報がない、ということでした。逆に私は、情報はあるけれど発信する術がない、ということで、一緒に活動を立ち上げることになりました。2019年、10人ほどの当事者が集まり、きこいろをスタートしました。「きこいろ」の名前は「聞こえ方はいろいろ」が由来です。

初めて交流会(片耳難聴cafe)を行ったとき、SNSで「片耳難聴の当事者の交流会をやります」と呼びかけたら、すぐに10名ほどの申込みがありました。その後、全国各地で毎月開催していたところ新聞に様子を取り上げていただき、その新聞を見た NHK の方が「ろうを生きる、難聴を生きる」という番組できこいろの活動を取り上げてくださいました。きこいろを知ってくださる方が増えて、一気に会員300人ほどになりました。

その後コロナ禍になり、オンライン環境が整ってきたことで、全国の片耳難聴の人たちとつながれるようになりました。対面での活動はできなくなりましたが、逆に活動が全国に広がり、現在は会員数700人近くになっています。


いつ難聴になったのかわからない~河中さんの場合

私が片耳難聴だとわかったのは、小学校入学後、最初の身体測定の聴力検査だったような記憶があります。その検査で判明したので、実はいつ難聴になったのかわからないんです。物心ついた時には、すでにそういう状況だった。まあ、生まれつきなんだろうと思っています。

だから、困って仕方ないっていう経験もないのです。両耳が聞こえていた記憶がないので…。母親に連れて行かれて病院での治療を続けてはいましたが、正直行きたくなかったです。特に、聴力検査が嫌いでいつも母親を困らせていました。今は母親の気持ちがよくわかります。

実はずっと、片耳が聞こえませんとは言わずに来たんですね。誰にも言わず、聞こえているように振る舞っていました。ただ、聞こえないときには視覚に頼るから、じーっと相手の顔を見ちゃうんですよ。そうすると「睨んだ」と誤解されて、喧嘩になっちゃうことはありました。子どもの頃、嫌だったのはそういうことです。それからも、片耳が聞こえないことを悟られないように、気づかれないように、生活してきました。

実際に困ったなと思ったのは、社会人になってからが多いですね。会議とか飲み会など周囲が騒がしい場所で、聞こえない側からの聞き取りが全然できない場合は困ります。また、車の運転中、左耳が聞こえないので助手席からの声が聞こえないんです。左に向いて聞き返すと危ないし、だったら「運転に集中!」という雰囲気を醸し出せば、相手も話しかけてこなくなるんじゃないかと(笑)。そういう、聞こえないことを気づかれないための工夫をしていました。

2020年、先ほど話に出たNHKの番組をたまたま見たんです。きこいろの紹介を見て「これ、自分のことだ」と思いました。ホームページを見たら、知らなかった片耳難聴に関することが書いてあって、それまでなんとなく感じていたことの理由が初めてわかりました。その新鮮さ、驚きといったらありませんでした。

それまで僕の周りには、片耳難聴の当事者は2人しかいませんでした。でも、きこいろの片耳難聴Cafeに参加すると「同じ片耳難聴の人に初めて会った」という人が多く参加していました。情報がないだけで、世の中にはたくさんいらっしゃるし、一人ひとり境遇や捉え方が違うことも知りました。それからきこいろの活動を手伝うようになり、今は運営に関わっています。半世紀上片耳の聞こえない状態で生きてきているので、自分の経験が活かせればいいなと思っています。


きこいろの活動

きこいろの運営は、10人程度の運営全般に参画するプロジェクトメンバーと、スポットでお手伝いするボランティアメンバーで行っています。それぞれ本業の傍らボランティアで関わっているので状況によってお休みしたり、入れ替わったりすることもあります。

運営財源は、会員メンバーとなってくださった方からの1,000円の年会費が主で、協賛金や寄付金、採択された際には助成金を活用しています。

主な活動は3つです。1つ目が情報発信。WEBサイトやSNSで当事者にも周りの方にも役立つ情報を、様々な切り口で届けることを心がけています。また、片耳難聴について正しい知識を学ぶ機会として、代表や副代表などによる「片耳難聴レクチャー」という勉強会も不定期開催ですが行っています。

2つ目が交流の機会づくり。片耳難聴の人は誰でも参加できる「片耳難聴Cafe」という、交流の場を少人数で行っています。コロナ禍以降はオンラインで毎月1回開催しています。オンラインになったことで1回に2~3テーマ/グループの枠で実施することもでき、2021年度は年間約150名の参加がありました。また、テーマの1つとして、片耳難聴のある子どもを持つ親の集まる「家族の会」も開催しています。

3つ目が啓発活動。研修や講演、学校の授業のゲスト講師を務めることもあります。また、リーフレットを制作し関係機関に配布したり、個人でも使えるように提供しています。先日、「片耳難聴になった人の様子を描いた動画」を作成しました。両耳聞こえる人に、片耳難聴の人の聞こえ方などを知ってもらえる内容になっています。ぜひ多くの方に観てもらいたいと思っています。


正しい情報の大切さ~クロストーク

岡野さん(以下、O)

当事者の中には、正しい情報がないために「集中力がないから、人の話が聞けないのだ」、「人を無視しちゃうのは、自分の性格に問題があるからでは」と、自らを責めてしまう人も少なくありません。

河中さん(以下、K)

以前は、片耳難聴の情報を検索したこともありませんでした。今ではネットで検索すると情報はたくさんあります。明確な情報を知ることで「自分だけじゃなかったんだ」、「こういう理由があるんだ」と理解でき、モヤモヤしてたことがクリアになると思います。

O

それに、難聴自体がまだまだ知られてないと感じます。「聴覚障害」というと、全く聞こえないというイメージが強く、「聞こえにくい」ということ自体が知られていない。まして片耳だけの難聴は、もっと認知度が低いのではと思います。

きこいろは、明確で正しい情報を伝えるということを大切にしています。片耳難聴の当事者同士でも、考え方や立場はそれぞれ異なります。例えば、片耳難聴を「障害の範囲」に入れたい方もいれば、そうでない方もいる。そのため、個人にも、社会に対しても、何か一つの方向を目指す運動を起こしたいということではなく、多くの方に片耳難聴を知ってほしいと思って発信しています。きこいろは中立的な立場で、エビデンスのある情報だけを発信するように心がけています。


当事者同士の安心感

O

片耳難聴は見た目ではわからず、普通に生活できる。けれど、場面によって、たまに困ることがある。このさじ加減って言うのでしょうか。当事者じゃないと理解できない部分が多いのではと思います。だからこそ当事者同士だと言わなくてもわかってもらえる安心感がありますし、あるあるを語り合えたりして、居心地がいいと感じます。

K

僕は、きこいろの活動をするようになって「片耳が聞こえません」と周りに言うようになりました。正確な情報を知ると、聞こえないことが自分の気持ちや性格の問題じゃないってわかるんです。以前の僕のように、周りに言わないまま生活している人は、多くいらっしゃいます。そして、自分のせいだと思っている人や、職場でトラブルになって落ち込んでしまっている人もいる。もちろん人それぞれですから、「片耳難聴です」と開示することを勧めるわけではありません。でもそういった方たちが、Cafeや勉強会に参加すると、他の当事者と交流できたり、正しい情報を知ることができ、ちょっと安心するんじゃないかな、と思うんです。そして、少しでもその方の生活や人生が良い方に向いたらいいなと思っています。


◯片耳難聴のコミュニティ きこいろ

https://kikoiro.com/ (Webサイト) ・ @kikoiro (Twitter)

(キーワード)片耳難聴、いろいろな聞こえ方

「きこいろ」は、日本で初めての片耳難聴を持つ人の当事者団体です。片耳が聞こえない・聞こえにくい人たちのためのコミュニティやプロジェクト運営を行います。聞こえの多様性に優しく、人の多様性に寛容な社会であることを願って、片耳難聴者のQOL(quality of life:生活・人生の質)の向上のための活動を行っています。


運営メンバー片耳難聴の当事者

活動内容・片耳難聴に関する情報発信 ・片耳難聴Cafe(交流会)の実施 ・片耳難聴レクチャー(勉強会)の実施 ・片耳難聴についての一般/専門職への研修

参加できる人片耳難聴の当事者、片耳難聴の子どもをもつ保護者。その他、企画により、関係者、支援者など

活動エリア全国・オンライン

相談 準備中

集まれる場あり(状況によりオンライン開催の場合もあり)

連絡先 kikoiro.com@gmail.com

*『ネットワーク』381号より(2022年12月発行)