一般社団法人 Spring
一般社団法人Springは性被害当事者が生きやすい社会をつくるため、ロビイングをはじめ、啓発やトレーニング、情報発信などさまざまな活動に取り組んでいます。代表理事の山本潤さんと、広報担当の志万田さをりさんにお話をうかがいました。
はじまりの物語 ~実父から受けた性暴力被害~
山本さんは13歳の時、実の父親から性暴力を受けた。夜寝静まると自分の布団に入ってくる父親に抵抗できず、何が始まるのか、何が起こっているのかも理解できず、混乱するばかりの日々。それから7年間に渡り、父親の加害行為は続き、エスカレートしていった。心は耐えきれなくなり、何も考えず、何も感じないように過ごしたという。21歳の時に両親が別れてようやく加害行為は止んだが、そこで山本さんが苦しみから解放されることはなかった。「性被害という経験の中に閉じ込められて、抵抗できなかった自分の無力感に苛まれ、泥沼に入って息もできないような感覚。全てを感じないことで何とか生きることに耐えていた。そんな状態でした」
20代の後半から看護師として働き始めた山本さんは、病院の救急病棟で自殺未遂の人やDV被害者、虐待を受けた子どもなど、緊急搬送されて来るさまざまな患者に接した。時に死を望むほどの生きづらさを抱えた患者の苦しみや怒り、憎しみといった感情に接する中で、自分の苦しさ、生きづらさが重なり、何か行動したいという思いにつながっていったという。さまざまなトラウマ症状に苦しめられながら、山本さんは31歳の時に自分の被害経験と向き合い始める。32歳で性暴力被害者支援看護職(SANE)養成講座を受講。2010年から自分の顔と名前を公表して講演や執筆活動を開始した。
110年ぶりに刑法改正を実現
これまで刑法は、性暴力・性犯罪に関して、強姦罪及び準強姦罪、強制わいせつ罪及び準強制わいせつ罪の成立要件が限定的であることや、罰則における法定刑の下限が低すぎること、被害者の告訴がなければ公訴できない親告罪であることなど、被害者の実情と法律の規定との間に大きな溝があった。2015年7月に行なわれた国会の院内集会に参加した山本さんは、性暴力被害の実態を理解していない刑法学者や法曹関係者が、被害者に多大な影響を与える法律の検討に関与している実態に強いショックを受ける。そこで同年8月に性暴力被害者と、性暴力を自分の事として考えるメンバー等により「性暴力と刑法を考える当事者の会」を結成し、刑法が性暴力の実態に見合う法律になるよう、勉強会や意見発信を始めた。2016年秋からは、この問題を重視する複数の当事者団体や市民活動団体と協働して「刑法性犯罪改正!プロジェクト」を結成。積極的にロビイングやワークショップ、情報発信などを行う「ビリーブキャンペーン」を展開した。こうしたひたむきな取り組みが実り、2017年6月、明治以来110年ぶりに刑法の性犯罪規定が改正され、同年7月に施行された。
具体的な改正点としては、①強姦罪、準強姦罪の名称を強制性交等罪、準強制性交等罪と変更し、処罰対象の行為に、口腔性交や肛門性交等も含める。②被害者に男性も含める。③法定刑の下限を3年から5年に引き上げる。④親(保護者)による「監護者わいせつ及び監護者性交等罪」を新設。⑤親告罪から非親告罪への変更。などが挙げられる。
改正前の刑法の問題点が大きく改善される一方で、強制性交等罪、準強制性交等罪の処罰対象行為に含まれていない性行為がまだあることや、監護者わいせつ及び監護者性交等罪の処罰対象となる監護者には、「教師と生徒」、「医者と患者」、「福祉サービス支援者と利用者」、「雇用関係」等々における利害関係や上下関係、権力関係で問題となり得る対象が含まれていないこと。また強制性交等罪、準強制性交等罪には被害者が暴行・強迫されていたかという要件が残り、性犯罪が互いの同意に基づかない性行為だという位置づけになっていない等の重要な問題が残されている。
「人を信じるハードル」を乗り越えて
法改正を受けて2017年6月に山本さんは「性暴力と刑法を考える当事者の会」を解散。改正の附則に3年後の見直しが盛り込まれたことから、そこに向けて新たに一般社団法人Springを設立した。
同年9月に行なわれたSpringのキックオフイベントからスタッフとして活動している志万田さんは、自治体の女性相談の窓口で山本さんが執筆した著書のことを知り、顔と実名を公表して被害経験を語っていることに衝撃を受けたという。その後、ビリーブキャンペーンの報告会に参加した志万田さんは「山本さんが『男性は敵ではない』と話す姿がとても印象的でした。ロビイングの必要性を説き、関係省庁や政治家が動いてくれると信じる事の重要性を伝えていた。性暴力被害の当事者にとって、被害による孤立や二次被害を重ねる中で、人を信じることのハードルが高くなってしまうのに、山本さんはそれを乗りこえている。人を信じることのできるところまで達しているのがすごいと思った。自分もそうなりたくて、活動に加わりました」と参加した経緯を話す。
「被害者中心」という考えが根づいた社会に
性暴力被害者への支援の在り方について志万田さんは「支援機関が十分になく、支援に関わる情報も足りていないと感じます。性暴力被害者は、力をなくし、わらにもすがるような状態なのに、支援機関を自分で探して、足を運ぶエネルギーが求められてしまう。被害者が頑張らなければ助からないような状況にある」と課題を指摘する。山本さんは「 大切なのは被害者の価値観や思いを知り、希望に沿った支援が実施されることです。そうなることで、健康や健全性を取り戻し、問題を明らかにし、性暴力を容認したり見過ごすような文化を変え、性暴力のない社会を実現できるのではないか」と被害者を中心とした支援の構築と実践の必要性を強調する。
自分の経験を伝えることで社会を変えたい
法律を変えても市民の認識が変わらなければ、被害者が周囲の人や支援者、関係者から逆に責められ、傷つけられてしまう二次被害もなくならない。普通の市民が性暴力被害についての正しい理解と対応を身につけることが非常に重要だとした上で、山本さんは「これまで性被害当事者で表に出てくる人は少なかった。当事者がどんな風に生きているのか、知られていなかった。声をあげることができなかった全国の被害者たちに私たちが立ち上がった姿を知ってもらい、「あなた一人じゃないよ」というメッセージを伝えたい。また、当事者が立ち上がったことで、これまで見えなかった被害者という存在の意見を、特に政策や法律に対して届け、発信していける。それが性被害当事者の居場所を作ったり、生きやすい社会をつくることにつながると思う。自分の経験を伝えることで社会を変えていきたい」とこれからの想いを語る。
最後に山本さんは「省庁や議員、警察や司法関係者などに自分の意見を伝えることで、少しでも被害者への支援の改善に反映されることが、私自身のエンパワメントにもつながっています。好循環を広げていければ」と希望を話す。そして志万田さんは「同じような想いを抱えてきた仲間の声を聞くと、やっぱり自分もやらなければと思える。仲間と活動していくことが自分の力になる。今はとても充実しています」と微笑んで語った。
一般社団法人 Spring
「性暴力と刑法を考える当事者の会」を前身に、2017年7月に一般社団法人として設立。同年6月に110年ぶりに刑法の性犯罪処罰規定が改正されたが、未だ多くの課題が積み残されており、改正時の附則に盛り込まれた2020年の見直しに向けて、性暴力の実態を社会に伝え、実態に即した刑法改正を求める世論の喚起および、性被害当事者が生きやすい社会の実現をめざして活動している。団体名には「性被害による凍りつきから動き始め、春(Spring)が訪れますように」というメッセージが込められている。
キーワード性被害当事者支援、性暴力被害者支援、性被害に関する施策提言
メンバー 性被害当事者および支援者
活動内容 ロビイング(ロビー活動)、セミナーやトレーニングを通じた当事者エンパワメント、調査研究活動、情報発信等。
*『ネットワーク』356号より(2018年10月発行)