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「そんなつもりはなかった」
「誤解を招いたとしたら申し訳ない」
政治家に限らずとも、自分が放った言葉が「問題発言」だと指摘されたことはないでしょうか?
あるいは、指摘されることがなくとも、自分の発言が、気付かぬうちに誰かの安全や平安を脅かすものとなっているということは、あると思いませんか?
「何を言っても変わらない」
「イヤな気持ちにさせられたうえに、どうしてそれを指摘する責任まで負わなければならないの?」
失言についての「謝罪」が表明されたとしても、それを「言った側」と「言われた側」の認識の違いは埋まらないまま、ということがほとんどのように感じます。
むしろ繰り返される釈明が、互いの溝を拡大させることになってしまっているような気も。
一体発言が「撤回」されたとしても、後味の悪いモヤモヤがいつまでも残ってしまうのは、どうしてなのでしょうか?
そもそも発言を「撤回」するとは、どのようなことなのでしょうか?
「失言」が問題とされるとき、見落とされてしまっていることはないでしょうか?
「発言を撤回する」ことを通じて、「失言」とは“そもそも”どのような問題なのか、考えてみたいと思います。
2017年9月30日(土)
9月30日(土)14時~
武蔵野市
武蔵境駅至近の青空スポット
※詳細な場所は事前にお申込みを頂いた方にお伝えいたします
※予定会場には車椅子でアクセス可能です
※性別を問わずに使えるバリアフリー・トイレが近くの施設にあります
どなたでも
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