(2009年9月19日 / 近江信孝 )
講座「人権の尊さについて−ハンセン病から学ぶ−」を開催しました。
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- 講座 、 市民活動 、 ハンセン病 、 人権 、 当事者
9月18日(金) 、講座「人権の尊さについて-ハンセン病から学ぶ-」を開催しました。
今回の講座では、当事者として患者の方々の自由と人権と、人間としての尊厳の回復を目指して長年活動をされてきた、全国ハンセン病療養所入所者協議会の神(こう)美知宏さんより、お話をいただきました。
昭和11年、官民が協力して地域から施設へとハンセン病患者を隔離する「無らい県運動」が全国で活発化しました。
昭和18年、ハンセン病の治療薬”プロミン”が報告され、日本でも24年には広く使用されるようになり、ハンセン病は不治の病ではなくなりました。そのような事実があるにもかかわらず、昭和26年「らい予防法」が改正された後も、隔離政策が長く続くことになります…神さんは、政策により作り出された「偏見・差別」を、また、ご自身の理不尽な経験を感情を抑えながら、静かに語られました。
ハンセン病やその政策に関心を持たなかった、また無知であった市民が、”負の市民運動”を通して隔離政策の助長、深い差別を生み出しています。
神さんは、「国は元患者が死に絶えるのを待っている」と、遅々として元患者の方への真剣な対応が進んでいない現状に対する憤りを隠しません。特に、現在は入所者が減った医療施設を、不足している高齢者や幼児を対象とした福祉施設として融合、有効活用する等の建設的な提案を訴えますが、官民共に即時受け入れる土壌は整っていない現状にも触れます。
全国13箇所の国立療養所の入所者数はピーク時の4分の1、2,500人ほどとなり、平均年齢も80歳を超えているそうです。
時として見られる社会の根深い差別意識や偏見は、自分より弱い立場の存在を作り出すことで、自らを安心させようとする人間の心の弱さが生み出すものかも知れません。
元患者の方々に対し、私たち市民や市民社会は、今までどのように応対してきたのか、また、これからどのように向き合っていくのか…、私達に投げ掛けられた”宿題”に早々に取り組まなければいけないことを痛感しました。