市民社会をつくるボランタリーフォーラムTOKYO 2020

アスペルガー・アラウンド
/お話:SORA(櫻田万里)さん

アスペルガー・アラウンド

http://asperger-around.blog.jp/

ASD(自閉スペクトラム症)やその傾向にある人に関わることで、心身に苦痛を及ぼす「カサンドラ」状態にある人をサポートする団体。



まずは調べる、そして理念を築く

カサンドラとは、ASD(自閉スペクトラム症)と情緒的な関係が築けないことが原因で、心身に不調をきたす人たちの状態を指します。私も2003年にASDの診断がでた夫との生活に悩み苦しみながら、試行錯誤し抜け出しました。カサンドラの回復のためにその体験を役立てたいと思い2013年に「ハーンの妻達」を立ち上げました。当時はカサンドラという言葉が今ほどは普及しておらず、ネットで検索してもサイトが幾つかある程度でした。私はカサンドラ状態の方に会ったことすらなかったのです。

カサンドラの方達とは一体どんな人達で、どのようなサポートを求めているのか、活動はカサンドラの既存団体とカサンドラ当事者を知るところから始めました。当時から安定した運営を続けている名古屋の「サラナ」という自助会の代表、きんぎょさんに会うことにしました。その当時の私は、自助「セルフヘルプ」に全く関心がありませんでした。当事者同士が語り合う場を作る予定は、全くなかったのです。


私は活動をはじめる前から決めていたことがありました。

活動内容はカサンドラ支援であっても、めざす先は、「インクルーシブな社会であること」それが私の信念でした。めざす先が同じであれば、アプローチは、カサンドラ側からでも、ASD側からでも、幾つもあって良いと思います。私の信念は、本会の理念の一つになっています。本会はカサンドラ支援を主軸に置きながら、発足時から多くのASD当事者の方達にご協力をいただいてきました。このことは、私の誇りであり、理念揺るがずに活動できてきた証だと考えています。


背負わない、そして手放す

しかし、私にも現実に阻まれ理念が揺らぐ瞬間があります。

そんな時、運営を共に担う正会員に道を示してもらうことが最近は多くなってきました。アスペルガー・アラウンドは5年目を迎えますが、理念はすでに私以外の8人の正会員に浸透し、盤石になったと感じています。

本会は発足からカサンドラがマスコミに取り上げられる時期と重なり、参加者も運営業務の量も5年間で急速に増えました。


本会には、専業として運営に携わっている者は私をはじめ誰もいません。全員がカサンドラ状態をひきずりながら、自分の生業の傍ら本会の運営を支えています。精神的にも不安定なスタッフが多く、無理はできません。しかし、メール対応や受付、アプリケーション処理など、あっという間に業務量が膨れ上がっていきました。また、ボランティアのスタッフに依頼するには憚れるような責任が生じる内容もありました。

とはいえ、私一人がやれる量はすでに限界に達していました。すでに有料アプリケーションも導入していましたが、経費がかかっても事務職をアウトソーシングすることを決断しました。幸い、これも人に恵まれました。信頼できる事務職のプロが外部にできたことは、私の心身の負担を大きく減らしました。体制が整ったことで講演会や「しゃべりばキャラバン」(他県に出向き「しゃべりば」を開催する試み)などの新しい事業を展開する余力ができたのです。


私には常に取り組みたい新企画がありました。新企画を起こしたいと思う時、スタッフの負担を増やさずに外部に振れば良いと思えるのは、とても気が楽なことです。一時、経費を削減して少しでもスタッフに謝礼を渡したいと考えていたときもありました。しかし、わずかな謝礼よりも、私自身もスタッフも、大切なのは「やりがい」なのだと分かってきました。非営利団体だからこそ、この「やりがい」を優先するための支出も大事なのだと思います。

私の「やりがい」は、カサンドラが自分と向き合って気づきを得ながら、変わっていく姿を見ることです。そのための仕掛け(セッションやイベント)を考えているときが一番楽しい時です。

しかし、その仕掛けを楽しんでもらうためには、カサンドラが自分と向きあえるところまで回復している必要があります。回復のためのファーストステップである「しゃべりば」には、多くの時間と労力がかかります。その「しゃべりば」を私が担当していくことは、私の新しい仕掛けを創るという「やりがい」を失うことを意味していました。


そして、2020年ようやく「しゃべりば」が自立の一歩を踏み出しました。

しゃべりばHPをアスペルガー・アラウンドHPとリンクさせながら、別のサイトとして立ち上げたのです。もちろん「しゃべりば」に関わっているスタッフの負担は増していくでしょう。しかし、「しゃべりば」をやりたくてスタッフになった方達が「しゃべりば」を主体的に運営していくという当たり前のことが、ようやく形になったのです。私は今、自分が思っていた以上に解放感に包まれ、羽ばたきたくなるほど、荷が軽くなっています。


マンパワーを得る難しさ

「しゃべりば」を支えてくれている今の正会員は、本会の活動理念を私以上にしっかり理解しているメンバーです。

その信頼が「しゃべりば」を手放し、HPを別にできた理由です。もし「しゃべりば」が、今後、消えることになったとしても私は快諾するでしょう。メンバーが、その道を選んだのであれば、発展的解消を迎える時期がきたのだと了解できるからです。


どこの団体も一番の課題は、おそらく、スタッフ問題だと思います。スタッフが定着しない、誰かの負担が大きい、活動理念の理解が足らないなど、私も長く悩みつづけてきました。

「やりがい」がモチベーションになるボランティアスタッフの確保は、金銭的対価が基本となる企業の雇用関係とは異なる難しさがあります。

多くのスタッフに支えられている今日を迎えられるようになったことは、奇跡に等しいと感じています。「その奇跡を起こすために何をすれば良いか」という質問には、「わからない」としか言えません。たくさんの方に出会い、信じ、時には立ち上がれないと思うほど厳しい別れも乗り越えながら、愚直により多くのお付き合いを重ねるしかないと思います。


変化する、そして成長する

私はカサンドラは夫婦問題に限らず、誰にでも起こりうる状態であると考えていました。当会の前身の「ハーンの妻達」という団体名は、アスペルガーを主人公にした映画のタイトルから付けた名称でした。カサンドラという名称がまったく知られていなかったころです。「この団体名はどういう意味ですか?」と問われたいためにあえて違和感のある名称にしようと思ったのです。

しかし、発足後の反響は予想以上に大きく、私は「ハーンの妻達」の活動内容と自分の信念の乖離が大きいことに耐えられなくなりました。「ハーンの妻達」には試行段階ゆえの女性限定・ASD当事者の参加不可など、私の目指す活動の足かせになるような参加条件がありました。試行段階としての「ハーンの妻達」の役割は早くに終了し、私は本格的に活動することを迫られました。


新しい団体名「アスペルガー・アラウンド」は、「誰も孤立しない社会=インクルーシブな社会」という理念を前面に出した名称です。憶えやすさ、分かりやすさ、伝わりやすさを求めました。

すでにマスコミで「ハーンの妻達」という名称が取り上げられていたころなので、名称変更はもったいないという声もありました。


私は、生物は生き残るために、そして人は、成長するためには変化するしかないという考え方が好きです。変化の兆しに気づき、無視しないこと、アンテナを張っていることは、すごく大切だと思うのです。変化しているのに、もとの器にむりやりおし込められたら、壊れていくでしょう。ただ、変化には柔軟でも、絶対に変えてはいけないものもあります。それをいつも、自分に問質し続けることが重要だと思います。


活動当初に全く、関心がなかった「自助」の力の必要性を私は参加者から、あらためて学びました。仲間とつながり共感で力を回復させる場の必要性を理解しました。しかし、私にはその活動を一人で続けていく余裕も意欲も持てませんでした。そこで、私以外の誰もができるように共感を分かち合う場の「しゃべりば」を展開することに決めました。そのために台本を作成しました。

台本は読むだけで誰でも「安全、安心」に共感の場を始められるようになっています。

優れたファシリテーターがいれば、「安全、安心」な場を作ることができるのは当然です。その優れたファシリテーターは、どれだけ、どこにいるでしょうか?カサンドラの自助会は各地に多くありません。


私にとって重要なことは、自助の力を回復する場を誰がやっても創れるということなのです。

カサンドラは依存しやすい傾向にある人達です。多くの方は選択する力を自己喪失感から失っています。その力を回復するために、「セルフヘルプ」の力を導きだすことを最優先した進行内容にしました。

「セルフヘルプ」とは何かを考え、ファシリテーターをあえて作らず、対等な関係を具現化・明確化しようとしたのが「しゃべりば」です。


「しゃべりば」普及の真の目標は、《アスペルガー・アラウンドの「しゃべりば」がなくなること》と説明すると本会のスタッフ志望で訪れた人は驚きます。本会の「しゃべりば」はベストではなく、ベターでしかありません。カサンドラの会を発足する主催者が数多く現れ、取捨選択できるほどカサンドラの自助会が運営されていることがベストなのです。その時、本会のファーストステップの「しゃべりば」は、プログラムから消すことができ、カサンドラの社会的周知といういう目標は達成されるのです。

「しゃべりば」がアスペルガー・アラウンドのメイン活動だと思っている方がいます。中には、フランチャイズのように全国展開をめざしたのかなどと言われたこともあります。私にとって、「しゃべりば」は予定になかった活動で苦渋の選択の結果、生まれたセッションに過ぎません。


法人か任意団体か

なぜ本会は任意団体のままなのか?さらには、助成金をとるために法人にした方がいいのでは?とよく尋ねられます。一言で答えると、それは関係ないと思います。助成金が通る時は、助成してくれる団体の主旨と活動内容がマッチングしただけで、法人かどうかは、関係ないと考えています。

一方、法人だと参加者から信頼されやすい面は、あるかもしれません。アスペルガー・アラウンドを宗教団体だと思っていた方や逆に企業だと思って雇用を希望してきた方がいて、驚かされます。最後は、本会をおとずれる各々の方の判断によるしかないものなのだと思います。


ところで、私は、助成金の使い方にこだわりがあります。それは助成金に利子をつけてお返しすると言う事です。もちろん実際の収支のことではありません。活動をより活性化させて社会に還元するという意味です。

例えば、助成金をいただいて体制を整える。または、新しい業務を発展させる。そして、次の業務を展開する。やがて、その成果で助成金を必要としなくてもよい団体に成長していく。と言うように、団体が活動を拡充していくためのお金が助成金だと考えています。その先には自立運営という理想が前提としてあります。


また、法人化の目的の一つには、活動の永続化があると思います。もし、アスペルガー・アラウンドが法人であれば私が辞める時は業務を継続してもらうために、代表を誰かにお願いしなくてはなりません。私はそこに抵抗があります。本会の活動内容は、私がやりたくてやっていることばかりです。もし、別の人もやりたいのであれば、その人が新たに始めればよいだけのことです。誰も私のやってきたことをそのまま継承することはできないと思うのです。内容を押し付けることもしたくありません。


私がイメージしている本会の永続性は、どちらかというとのれん分けです。初めは私と一緒の傘の下で活動をともに充実させます。発展に伴って各々の活動が傘に収まりきれなくなっていくでしょう。さらなる発展には会が分離していけばよいのです。正会員一人ひとりの活動が、自分のための新たな活動として彩を加えながら、継続していくでしょう。

私は本会を「歌舞伎」ではなく、「能」にしたいのです。構成するのは、日ごろは自立して活動している一人ひとりの演者です。さらに言い換えれば、スイミーのような感じでしょか?小さなお魚がたくさん集まって、大きな魚に立ち向かっていく絵本がありますね。私の理想はそんな感じです。私には、任意団体こそが性に合っています。

組織ゆえの硬直化を避け、変化に柔軟な集団であり続けたいと思うのです。


「しゃべりば」を手放して、楽になった私が新たに挑戦しているのは、「アスペルガーゲート」という取り組みです。これは、「女性自立の応援」が目的です。「アスペルガーゲート」は、〈①本会を支えているスタッフに、個々の収益を得る場を作っていく側面〉〈②本会に相談に来る方を支えてくれるメンターを紹介する側面〉を持ちます。

アスペルガーゲートでご紹介するのは、本会のスタッフでかつメンターとして活躍できる実績がある方や、本会からカサンドラ支援をお願いした外部の方です。本会を訪れる多くのカサンドラは、自分の状況を理解し、支えてくれるメンターを探しあぐねています。それは、この5年間、一向に変わっていないのです。本会が少しでもその助けになれればと思っての取り組みです。


ASD障害を理解し、自分と向き合ってステップアップしていくことで、カサンドラは脱出できます。でも、現実的に、カサンドラに立ちはだかる社会的状況はあまりに険しいのです。カサンドラだけが、孤軍奮闘して倒れてしまうことがほとんどです。

だからこそ、カサンドラには、伴走してくれるメンターをみつけて欲しいと話してきましたが、実際、このメンターを探すことも容易なことではないのです。


べストではなくベターで前進する

コロナウイルスの影響から、3密が揃ったセッションである「しゃべりば」は中止にせざるえない状況になりました。

今、話題のZoomを本会では2年ほど前から、スタッフミーテイングに使ってきました。昨年、本会は「しゃべりば」の普及をめざし、「しゃべりばキャラバン」という企画で地方に出向きました。これがきっかけで登録してくれた地方の正会員から「オンラインしゃべりば」が、昨年末、提案されていました。

「しゃべりば」をオンラインで開催するためのルール作りや進行方法が検討されていましたが、まとまらないまま、保留になっていたのです。これを非常事態ゆえに前倒しで、4月からやってみようということになりました。家庭内のDVが増えることを想定すると「しゃべりば」のオンライン開催は、急務だとスタッフ一同が感じていました。


私自身はこれまでも、ベストではなくベターでも始めるというスタンスで動いてきました。自分の欲しいものがない時は、新しく自分で創造していくことを選択してきたのです。ベストでなくても「ないよりも、あった方がいい」に決まっていると思ってきたからです。今回は、私ではなく正会員が早速、試行錯誤で「オンラインしゃべりば」をはじめてくれました。私はただただ、感謝するばかりです。


メルマガで開催を流すと、ただちに反響があり、回を重ねるとともに即日満席になってきました(2020年5月上旬現在)。カサンドラの周知はわずかながらも確実に広がってきています。本来であれば、公的機関にこのような支援を充実させてもらいたいと願うばかりですが、これまで通り、ないものは、創っていくしかありません。ないものは、まずは、やってみる!やってから、柔軟に改善していく。失敗もあるでしょう、お叱りをうけることもあると思います。ご指摘にいつも感謝して、真摯に受け止めながら、これからも、本会は、理念だけは曲げずに歩んでいくと思います。