市民社会をつくるボランタリーフォーラムTOKYO 2020

聞き取りが困難なのに聴覚検査は異常なし
〜 知られていないAPD
喜島隆大さん

雑音下での聞き取り、複数人での会話が苦手

APD(Auditory Processing Disorder)とは聴覚情報処理障害のことです。初めて聞く方も多いと思います。具体的には「聴覚検査で異常がないにも関わらず、聞き取り困難を有する障害」ですが、障害でなく症状と言われることもあります。海外では1950年代から報告例がありICD-10(WHO作成の国際的に統一した基準で定められた疾病などの分類)にも載っています。日本では2000年代から研究が始まりました。まだ日本では確立した定義はなく、発達障害や脳損傷、認知的な偏り、心理的な問題などが背景要因とされています。成人でAPD症状を引き起こす背景要因の約6割が発達障害と言われています。近年では診断できる病院も少しずつ増えてきていますが、APDの診断を受けたとしても、その症状だけで障害者手帳をとるのは難しいです。


2020年4月にAPDのオープンチャットを始めたら、開設から半年ほどで400人もの登録がありました。テレビでAPDの特集を観て「私もそうかも」と思った人が多かったのかもしれません。APDという存在を知って、これまで自分のせいだと思ってきた「上手くいかなかったこと」が、APDによるものだったかもと思えてスッキリしたという方もいました。それでもまだ、自分がAPDだと気づいていない人は多くいると思います。


症状は、人によって違います。「音の出どころがわからない」、「口頭で言われたことは理解しにくい・忘れやすい」、「字幕がないとドラマや漫才を理解するのが難しい」、「電話やインカムなどの機械を通した声が苦手」という方もいます。最近見かけるオンラインでの会話や集まりも、人によっては苦手に感じます。またよく聞くのは、ザワザワしたところでの聞き取りの難しさです。飲み会など騒がしい環境でも自分の名前や関係する言葉、興味のある話題などを様々な音から抜き出して聞き取ることができる「カクテルパーティー効果」が働かない人が多いようです。他にも、聴覚での情報処理の遅さや、人の話に注意が向けられないなどで会話についていけなくなる人もいます。このように症状はいろいろですし、その程度も人によって様々です。



モヤモヤが言語化されて、すんなりときた

子どもの頃、先生の指示がわからず、教室から移動する際は周りにくっついて行動することもありました。授業では「教科書を見て」、「次、テキスト」、「プリントの〇行目」と、あちこち飛んで説明されると、どこをやっているかわからなくなることもありました。友達との会話では、聞かれたことに見当違いな返事をして「話しを聞いてない」とか「ぼーっとしてる」、「天然ボケ」みたいな感じで思われていました。私は「天然ボケでも面白いならいいや」と思っていますが(笑)。それでも、人と比べて結構ぼーっとしてたので、違和感はありました。

大学生の時、脳に腫瘍が見つかって、医師に「腫瘍は幼少期からあっただろう」と言われました。腫瘍は治療しましたが、他にも下垂体機能低下症という指定難病もあります。


初めてAPDを知ったのは2018年です。難病の患者会に参加していたのですが、そこで発達障害をもつ看護師さんと会いました。その方に誘われて発達障害当事者と支援者の飲み会に参加し、またそこで誘われて発達障害グレーゾーンの集まりに参加しました。そこで「周りがザワザワしてると聞き取れない」という話題が出た時「APDというのがある」と教えてくれた人がいて、調べてみたら、今まで自分が感じていたものが言語化されたようで、すんなりきました。モヤモヤが言葉になった感じです。ショックはあまりなく、それまで脳腫瘍とか難病とかいろいろあったので「なんか増えたな」という感じでした(笑)。昔、脳外科で医師に「聞き取りが悪いような気がする」と伝えた時には「聴覚検査では異常なし」と言われて「じゃあ、気のせいなのかな」と思っていました。ですので、初めて同じAPDの人と話したときは、お互い秘めていたことを共有できた嬉しさがありました。



APDの存在を知ってもらいたい

2018年にAPDの当事者会「APS」(APD Peer Support)を始め、交流会や勉強会、情報発信も積極的にしています。これまで患者会で出会った人から職場を紹介してもらったりしていて、ゆるいつながりが大事という実感がありました。10代~50代の幅広い参加者がいて、参加動機は「情報が欲しい」、「対処法を知りたい」、「他の人と話してみたい」などです。APDの特性を考慮して、少人数に分ける、隣のグループとの間に衝立をする、ルールや予定は紙で配布、名札シールを使うなどの工夫をしています。

今は宮城、大阪、福岡、栃木にもAPDの会があり、他にも立ち上げの動きがあります。もともとAPSだけじゃ限界があるので当事者会が増えたら…と思っていました。APSの参加者で活動を立ち上げたい人がいたら応援したいと考えています。


話を聞くと、仕事を始めてからAPDによる支障が出る人が多いようです。学生時代は、授業が聞き取れなくても板書で理解をしたり、教科書での学習でカバーしてやってこられて、聞き取れなくても、大きなトラブルにならずに過ごせた方もいるのだと思います。ですが、働き始めると、電話対応や複数人での会議、上司の指示などを聞き取れない、理解できないことが出てきて、仕事上のトラブルが増え、APDに気づいたり、自分がAPDと気づかずに就職して、工場の様々な音の中、指示が聞き取れずに仕事を辞めた方もいます。


私は精神保健福祉士の仕事をしているのですが、普段のコミュニケーションではそんなに支障はないです。利用者の方と外にいる時に車の音で会話が聞き取れなかったり、周りが賑やかだと電話しにくかったり、会議で話が長引くとあまり聞けていなかったりとか。そういうことも、まあ後で聞き直せば良いやという感じで、大きくは困っていません。それに、工夫もしています。齟齬が生じないように、言われた事のメモを取る、うるさい場所から離れて電話する、広くて静かな店や隣のテーブルと距離がとれる店を把握しておくなどです。自分の特性を理解して、できることをやっていく心構えでいます。


今後は、働いているAPDの人を紹介するなどロールモデルを見せていきたいと思っていますが、目標を立てるタイプじゃないので、とりあえずAPSを続けていきたいです(笑)。あえて言うなら、APDの存在を知ってもらいたい。APDがあることで学校や仕事を辞める人を減らしていく、二次障害を予防していけたらと思います。また、当事者が声をあげやすくなるためにも、知ってもらうことは大事だと思っています。ヘルプマークのような「APDマーク」を考案してくれたAPDの学生さんもいます。コアラのイラストで「聞き取ることが苦手です」、「ゆっくりお話ししてください」と書いてあるものです。APDについて発信しているYouTuberさんもいて、当事者のそういった活動が広がっていくことを願っています。