特定非営利活動法人
東京断酒新生会
仲間と共に自分の人生を新生していく
今回は、特定非営利活動法人東京断酒新生会(以下、断酒会)事務局長・新宿断酒会会長の浅井光代さんにお話をうかがいました。
アルコール被害を受けた人と共に
東京断酒新生会がNPOとして立ち上がったのは、1953年ですから今年で72年になります。アルコールに問題を持つ2、3人の当事者とその家族が、禁酒会のような形で立ち上げたのが始まりです。断酒新生会は、ほぼ毎日、どこかで例会をしています。私が入会した2010年当初は、590人以上いましたが、現在は250人ぐらいです。それはアルコールの依存症者が少なくなったからではなく、会につながる人がとても少なくなったからです。自力でやめようとして亡くなる方もいらっしゃいます。断酒会は、完全断酒を目指しています。やめられず、会を離れていく人もいますが、ほとんどの人はやめる努力を惜しまず、完全断酒ができています。ただ「再飲酒」という言葉があって、10年、20年やめていても、ちょっとしたきっかけで再び飲酒をしてしまうことを言います。そうすると、また入院をして一から出直しです。出直せる人はよいのですが、再飲酒したことによって罪悪感にかられてしまいます。ずっとやめられていたのに、再飲酒してしまった自分を責めてしまうんです。自責の念で会から離れて、消息不明になる方もいらっしゃいます。見学者が断酒会につながるきっかけは、100人いれば100通りですが、ほとんどは病院からです。その多くは、パートナーや子どもが「なんかおかしいよね」と生活の中の異変に気がつきます。それで、アルコール専門病院の外来につながり、入院したり、通院だったらデイケアに通うことになります。会社の同僚や上司、産業医からの勧めで病院につながることもあります。

気がつくとお酒が友達に
私は、父親が戦争から帰ってきて、美容師の母親と結婚して生まれました。父親はアルコール依存症でした。6歳の時に、両親が離婚して、父親と生活保護を受けて暮らしていました。ごみや糞尿の匂いがする、子どもが生活しにくい環境で成長し、時に暴力も受けていました。父親は飲まないとよい人なんです。だから、憎めなくて困りました。憎むのですが、「でも私のお父さんだし」と小さい子どもが葛藤するわけです。その時は葛藤していると思っていないのですが、いつもすっきりしない状態で子どもらしく無邪気に生きられませんでした。そんな環境なので私も早くから飲み始めました。初めてお酒を飲んだのは、お正月だったと思います。これは、断酒会あるあるなんです。その後、友達とちょっと外で飲むと、泥酔するまでとまりませんでした。自分でもびっくりで、「なんでこうなっちゃうのかな」と戸惑うのですが、途中ではやめられません。しかし、翌日にはちゃんと家に帰って寝ていて、その辺から、「あれっ」と思っていました。就職して、21歳で結婚して退職しました。商売をしている家に嫁いで、夫と2人きりの結婚生活もなく、姑と同居しながら、翌年には出産をして、息つく暇もありませんでした。嫁ぎ先に、アルコール依存症の父が、酔っ払って電話をかけてきた時にはとても苦しく思ったり、姑は意地悪ではないんですけど、大正生まれで、「家のやり方に従ってください」ときちんとしている人で、せっかく結婚したのに楽しくありませんでした。横浜から新宿に嫁いできたので友達もいないですし、商売をしている家でしたので、近所との付き合いも多く新しいことばかりでした。初めての育児は、姑との2人っきりの子育てで、いつもよその家にいるような感じがしていました。夫は、コミュニケーションをとるのが難しいところのある人で、私が無理解なんだと自分を責めていました。今思うと心も体も疲弊して、キャパオーバーだったと思います。家では、夫が晩酌程度に飲むビールをコップにほんのちょっぴりいただくんです。あんなに飲んでいた私が「これじゃ足りない」といつも思いながらです。足りないから、自分で買うようになって、23歳ぐらいで、「あ、これはまずいな」と思うほど、どんどん飲まずにいられなくなっていきました。お酒が友達でした。自分で買った大瓶のビールを隠す場所がなくなってしまい、布団の間とか天袋とか、ありとあらゆるところに隠しました。お酒を飲めれば、冷たくなくてもよいんです。そうやってビールをあちこちに隠していました。そんな中、25歳までに3人の子どもを産みました。妊娠してる間だけは、お酒を飲まなくていられるのですが、産んで3ヶ月ぐらいすると、お酒を飲むために断乳するんです。行動もどんどん異常になってきて、子どもをおいて外に飲みに行くようになりました。日常の大変さを忘れたり、自分を責めたりしないように「まあ、いいか」と飲んでいたら、だんだんお酒中心の生活になっていきました。恐ろしいけど、やめられません。「あ、もうこんなことしていたらいけない」、子どもたちにもちゃんとご飯を食べさせたり、教育をしていかなくちゃいけないのに、二日酔いの連続です。例えば、幼稚園の運動会の日に、早起きしてお弁当を作ることができません。それを友達に頼んだり、親子競技では、友達に子どもを背負って競技に出てもらったり、絶対やってはいけないようなことをしてきました。アルコールが1番になると子どもが2番になってしまうんです。女性の当事者の特徴は、子育てができなくなることです。断酒会では、女性の当事者をアメシストと言います。アメシストは、家事をする際にお酒を飲み続けてしまうキッチンドランカーと呼ばれる状態の方が多くいらして、生活の中での依存症になっていきます。私は、子育てができなくなったことで「もうあなたは、この家にいなくてもよいよ。私が育てていくから」と姑に言われました。その時にどうやって、その場をしのいだのか覚えていません。結局、23歳ぐらいからやめたり、飲んだりで、病んでいた時期は26年間になります。
私は一人でやめられる?
私が断酒会につながったのは、自死未遂です。見るに見かねた夫が通院から入院できるように、医師に相談しました。入院した病院で断酒会という存在を知りました。そこから、入院中に断酒会に見学に行って、「えーこんなとこがあるんだ」、「でもこんなんでよくなるなんて信じられない」と思っていました。その時は、一人でやめられると思って、断酒会を否定していました。その後、退院しましたが、あっという間に再飲酒しました。家族は、退院する時には、病院側がきちんと治してくれて、元のお母さんに戻ると思っていたんです。大体そう思うらしいのです。しかし、全然元には戻っていないんです。退院した後は、心の状態が非常に不安定なので、あの状態に再びなったらどうしようと思いながら、飲んでしまうのです。
ストーンと落ちて「底」がついた
私は、退院したらお酒とうまく付き合えると思っていたんです。病院に入院していたら、もう一生飲んじゃ駄目でしょう。でも、そうは思えないんです。やっぱりお酒は、友達というか癒やしてくれるものと勘違いしていますから。お酒があるから、私は頑張って生きてこられて、子どもも育てられたと正当化していました。ある時、娘に「もう出ていってくれ」と言われたんです。「好きなことをやればいいじゃん。飲めばいいじゃん。だけど、このうちから出て行って。弟は私とお父さんが育てるから、もういいです」と言われました。娘は観察眼があって、飲んでいると分かっていました。今までそんな感情に絶対にならなかったのですが、その時に「あ、これもう駄目だ。ここでこのまま飲み続けていたら、私、本当にこの家にいられなくなる」とストーンと落ちたんです。今までは飲みたい一心で、飲める方法しか探さなかったのですが、やめる方法を考えた時に、ぱっと「断酒会」が頭に浮かんだのです。そこで畳に頭をこすりつけるように土下座をして、娘に「もう一度だけチャンスをください」と謝りました。娘は「そんなこと言われたって信じられない。何度そうやって、嘘ついてきているの」とボロ泣きでした。お酒を飲むためにどんな嘘でもついてきましたので、娘は散々苦しめられてきたんです。他の子ども達も「もう信用しない」と。ひたすら謝って「明日から断酒会に行きます」と言いました。すぐに断酒会を探して、「やめられるかどうかも分からないけれども、やるしかない。断酒会に行けば、もしかしたら何とかなるのかもしれない」と思いました。そうしたら気持ちに決まりがついたのか、その日から飲まなくても大丈夫になったんです。本当に不思議ですが、それが私の「底がついた」ということなんでしょう。「底つき」というのは、アルコール依存症の特有の言葉です。本当に「底がつかない」とやめられない。だから、今やめられない人は、「まだ本当の底がついていない」というような捉え方をします。私は底がついて、いろいろな断酒会に見学に行きましたが、その時に「だいたい自分の区にある会に入るんだよ」と薦められて、新宿の断酒会に見学に行くことにしました。断酒会の特徴は家族参加で、その時も会長とその妻がいらっしゃいました。会長の妻から「あんた子どもがいるんだったら、もう絶対やめなきゃ駄目よ。会に入りなさい」と言われ、そのまま入会しました。例会は、全体で1時間半ぐらいです。時間になったら始まって、時間になったら終わる、このルールのもと、みんながその中で個々の体験談を一人称で話していきます。お酒が始まったきっかけから、なんで再飲酒してしまったかなど、その時にわいてきたものを話します。会は月に2度開催されるので他の会にも通って、10日に1回は、どこかの例会に行くように決めていました。息子のご飯の支度や受験、家の用をしながらの例会の参加は、大変でしたが無我夢中で通いました。あっという間に1年2年と過ぎていき、不思議と飲まなくてもよくなりました。医師に診てもらい、病院やデイケアに通っているからといって、治るというものでもないんです。内科の医師は、風邪だと薬を処方して治しますけど、この病気は医師だけでは治せないんです。抗酒剤というお薬はありますが、お酒をやめられる薬はありません。心の病なので、自分の中で、どうやって生きていきたいのかがテーマになって、そこに向き合うことなのかなと思います。初めの何年かは、やめることに夢中で、テーマも何もないんですが、やめていくうちに、新しいことを始める人、趣味を再開した人に出会い、影響を受けます。断酒会に参加している人の多くは、50代、60代の男性です。女性は少なく全体の1割ぐらいで、若い人は、ほぼいません。若い人は特に会につながりにくく、孤軍奮闘して、最悪の結果になることもあります。私の入会は48歳で、例会では、女性は少なかったです。例会に出てこられる女性はよいのですが、出てこない人も少なくありません。また、パートナーがいるとなおさら出づらいこともあり、回復がしづらい悪循環になっていきます。そんなこともあり、女性の死亡率は高いんです。私は、夫が単身赴任で別々に暮らしていた時に断酒会に通い始めたので、子どもに、「じゃ、これだけ食べてね」と言っておけば、お姉ちゃん達が一番下の子の面倒をみてくれました。断酒会に通い続けられたのは、子どもたちの協力があったおかげです。お酒をやめてから辛いこともありましたが、飲まずにいられたのは、「二度と飲んじゃ駄目だぞ」という覚悟が常にあったからです。飲みたい瞬間は、今でもあります。「今日の1杯でやめるんだからいいじゃん」と思うこともあるのですが、1滴が1升という言葉があるように、飲んだ瞬間から「駄目な私、やっぱり始まっちゃった」と後悔するでしょう。何より仲間たちが毎日、飲みたいところを我慢しているのを知ったら飲めないです。飲みたい瞬間に仲間を思い浮かべられる人は、長くやめられる人だと思います。例会の大きな意味は、「みんな一緒に頑張ってるんだ」と思えるところにあると思います。


もう一度、生きることをはじめる
東京断酒新生会は、自分の「酒害*」を認め、お酒をやめて新しい人生を生きる会です。例会では、最初に「断酒の誓」という会の理念をみんなで唱和し、その後、自分の体験を一人称で語ります。誹謗中傷なしで、自分のことだけを語るのがルールです。注目してもらいたいのは、団体名の「新生」です。ただお酒をやめているだけでは、やめたことにならないんです。やめて、自分が生まれ変わって、社会貢献をしたり、自分自身を大切にしたり、何か趣味をもったりと、人間として生きること、そこに至っている人が初めて新生したと私は思っています。専門家ではない当事者が自分の体験について話すことで、回復して生き直しているところを見てもらいたい。今、嫌だなと思っている自分の人生を転換していける力があることを信じてほしいです。私は、「あ、そっか、断酒新生してるな」と思ったんです。飲酒欲求は、1年のうち何回か来ます。負けそうになる時もありますが、生き直して、今幸せだなと思える瞬間や好きなことや仲間を思い出せば、もう一度、生きることをはじめられるんです。当事者と家族は同時に病んでいくんです。家族はシラフなので、傷が深いんです。本人は酔っ払っているから、その時に何をしたかは覚えていません。覚えているのは一部のことだけ、良心の呵責に苛さいなまれます。しかし、家族はすべてを見ているので、立ち直りに相当な時間が必要です。適切な機関につながらないと、立ち直る術が見つけられません。アルコール依存症は生活や社会の中で受けたストレスややり場のなさ、痛手を晴らすためにお酒に頼るといった、生活の中での病なんです。驚かれるかもしれませんが、医師は生活習慣病と言ったりもします。だから偏見をもたないでほしいです。
早くつながってほしい
最後に、アルコール依存症は「家族ぐるみの病気」だと強調したいです。親の影響を受け、子どもにも依存症が広がります。世代間連鎖といって、親から子に引き継がれやすい病気です。ですから、意志が弱かったり、だらしない人がなる病気ではないんです。生きるために、そうせざるを得なかった状況があったことを知ってもらいたいです。生育環境やストレス、体調とさまざまなことが、複雑に絡むんです。当事者だけではなく、家族が巻き込まれていく病気なので、家族全員がトラウマを抱えます。その大変さもわかってほしいです。いつでも断酒会に見学に来てください。私は女性の経験者のひとりとして相談にのっていますし、断酒新生会では「酒害」の電話相談も行っていますから、偏見をもたずにつながってください。
*酒害:過度な飲酒による健康への影響・被害。
〇特定非営利活動法人東京断酒新生会
アルコール依存症者等が自分の酒害を認め、お酒をやめて新しい人生を生きることをめざして活動しています。
キーワード 「仲間と共に、一日断酒」「酒害からの解放、新しい人生へ」「支え合い、希望ある回復」
運営メンバー 当事者
活動内容 断酒例会、研修会、ブロック大会、交流会
参加できる人 酒害に悩んでいる当事者とその家族、その他どなたでも参加可
能活動エリア 東京都内
相談 あり(事務所にて電話相談 月曜日~土曜日10:00~16:00)
集まれる場所 あり(公式サイトに例会日程表Googleカレンダーを掲載)
連 絡 先 東京断酒新生会本部事務所☎(03)5624-0318 infotokyodanshu@gmail.com
Webサイト等 https://www.tokyo-danshu.or.jp/お酒をやめ続けるために
インタビュー:安井忍(相談担当)朝比奈ゆり・荻野亜蘭(編集部)
*『ネットワーク』398号より(2025年10月発行)

